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札幌高等裁判所函館支部 昭和32年(ネ)22号 判決

控訴人 田村徳彌 外一名

被控訴人 有限会社丸越川又商店

主文

原判決をつぎのとおり変更する。

被控訴人に対して控訴人田村徳弥は、別紙目録記載の不動産について、釧路地方法務局遠軽出張所昭和二八年五月八日受付第四九一号、原因、同月同日抵当権設定契約、債権額七五万円、支払方法、昭和三一年四月末日まで元金を据置き、同年五月一日から同三六年六月末日まで元金を均等割償還すること、割賦金は、一五万円とし、毎年一二月末日限り支払うこと。利息なし、抵当権者被控訴人なる抵当権設定登記の回復登記手続をなし、控訴人山内義雄は、右回復登記について承諾手続をなすこと。

被控訴人その余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの連帯負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「控訴棄却」の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、控訴代理人において当審における控訴人田村徳彌の本人尋問の結果を援用した外原判決記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

思うに、土地所有者が、抵当権の設定登記をなした後これを抹消し、かつ該登記の回復せらるべき場合においては、たとえ、その後において所有権を他人に譲渡しても、抵当権者は、なお登記抹消当時の所有者に対してその回復登記の手続をなすことを請求し得るわけであつて、現在の土地所有者は、単に不動産登記法第六五条にいわゆる利害関係を有する第三者となることがあるにすぎない。したがつて、仮に抵当権設定登記をなした所有者が、その登記を抹消した後に、他に一般債権の担保となるべき財産を有しないのにかかわらず、その所有権を他人に譲渡し、かつその譲受人もまた該事実を知りながらこれを利得したとしても、右抹消登記にして実体関係を伴わないか、又はその実体関係に無効原因が存在する等の理由によつて無効であるかぎり、右所有者らの譲渡行為が詐害行為を構成すると考える余地はない。(もつとも、抵当物件の価額が、被担保償権額以上で抵当権者に他の債権がある場合は、このかぎりでない。)けだし

一、わが民法上登記は、公信力を有せず、単に実質的に関係が存する場合においてこれを公示する効力があるにすぎないからである。すなわち、登記は、権利発生の要件にあらずして第三者に対抗する要件にすぎない。されば、抹消登記もまた一種の登記である以上、その登記原因たる実体的関係が伴わなければその抹消の効果が生じないことは当然である。したがつて、抵当権設定契約が、合意の上解除され又は抵当権が絶対的に放棄された等の理由によつて、その抵当権が抹消されても、右法律行為にして無効であるか、又は適法に取り消された以上該抹消登記は無効であつて、いわゆるその既得権は、正当の理由なくして他人のために左右されることはない。されば、登記権利者は、その抹消登記が無効であることの立証さえするならば、(一応抹消登記が回復されずにいる間は、その抹消原因の存在が推定される。)必ずしもその回復登記をまたず第三者に対して抵当権の取得をもつて対抗し得るし、また登記を抹消した所有者およびその利害関係人に対して登記の更生に協力することを要求し得るものといわなければならない。かくては、かえつて、不動産に関する物権の得喪変更は、登記をしなければ第三者に対抗し得ないとした民法第一七七条の法理に反するが如く考えらるが、登記の無効を主張することは、まつたく登記なくして権利を主張することと同一ではない。すなわち、その登記又は存すべかりし登記が、本来実質的権利状態をそのまま表現すべかりしことを主張するのであるから、結局、登記によつて第三者に権利を主張していることになるのである。また、その抹消登記を信じて取引をした第三者は、そのため意外の損失をこうむることがあるかも知れないが、その第三者は、損害発生の原因を生ぜしめたものに対して損害賠償の請求をなす等一般法律の規定にしたがつて求済されることになるわけである。(大正一〇年オ第九一四号、大正一二年七月七日大審院民事連合部判決。)

二、されば、抵当権者にして、たとえその登記が抹消されたとしてもその抵当権の取得をもつて第三者に対抗し得る場合であつて、かつ抵当物件の価額が被担保債権額以下(本件抵当権の被担保債権額が七五万円であることは当事者間に争いがなく、抵当物件の価額が一五万円以下であることは、証人田辺規、同南波博の各証言によつて認められる。)である以上所有者が所有権を他人に譲渡しても、債権者を害することがないのはいうまでもない。

はたして以上のとおりとすれば、被控訴人が、控訴人田村徳弥に対して本件抵当権の回復登記の手続をすることを求めながら、同時に、被控訴人らに対してその所有権譲渡行為の取り消を求め、かつ控訴人山内義雄に対してその所有権移転登記手続の抹消登記手続をすることを求めるのは、理論上失当という外はない。(このような場合は、本来右いずれかの請求を予備的に申立てるべきであつて、本訴のように両立しない請求を同時に申立てることは許されないと解すべきであるが、これをただちに請求の一定を欠くものとして訴状又は訴を却下すべきものか、又は一方の請求にして理由ある場合には、他の請求を棄却するをもつて足るかはやや疑があるが、一応後者と解する。)

なお被控訴人の詐害行為取消請求に関する判断を除くその余の原判決の判断は、当裁判所の判断と同一であるから、ここにこれを引用する。(もつとも、原判決は、本件抹消登記の原因たる法律行為を、登記抹消という合意そのもののように解している。学者によつては、そのような法律行為の成立を認めるものがないでもない。しかし、本来実体的法律関係をはなれて、単に発記のみを抹消するという合意は、賃借権の場合を除いては、考えられないことであつて、成立に争いのない甲第一号証の一ないし四によると本件抹消登記の原因は登記簿上弁済と記載されていることが認められるが、本件債務が全額弁済されていないことは、弁論の全趣旨によつても認められるので、正確にいえば、本件抹消登記の原因たる法律行為は、仮に合意とすれば、抵当権設定契約の合意解除と解すべきか。)

よつて、被控訴人の本訴請求は、控訴人田村徳弥に対しては主文第二項掲記の登記の回復を求め、控訴人山内義雄に対しては同掲記の承諾手続を求める限度(もつとも、被控訴人は、控訴人山内義雄に対してただちに右手続を求めてはいないけれども、はじめて提出された訴状においては、控訴人両名に対して本件回復登記の手続を求めている等弁論の全趣旨からみて、同控訴人に対する本訴請求中には主文掲記の請求をもふくむものと解する。)において正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、これと符合しない原判決を主文のように変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条、第九二条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 居森義知 磯江秋仲 水野正男)

目録

一、紋別郡遠軽町字向野土五九九番地の八

山林 一町五反三畝二四歩

一、同番地の一二

山林 八町五反二畝七歩

一、同番地の一三

山林 五反二畝二八歩

一、同番地の一四

山林 二町七反二畝二五歩

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